三浦半島(みうらはんとう)は、神奈川県南東部にある半島である。
「みうら」という地名は古代から用いられており、『日本書紀』では「御浦」(みうら)と記載されていた。当時は朝廷の所領だったのでこのように「御」をつけて呼ばれていたという。
『万葉集』では半島全体を指して「御宇良崎」、その後「御」の字を避けるようになり当て字が使われ『新編相模国風土記稿』では「美宇羅」とされた。
何故「三」を用いて「三浦」と表記するようになったかについては、この半島は東・西・南の三方が浦(湾、入り組んだ海岸など)で囲まれていたから、とも言われる。
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